旧東海道、蒲原宿のルート付け替えについて

開設したばかりだというのに、早くも久々の更新となりました(^^;

今回も以前つぶやいたネタを再構築して、お届けします。
今年の夏('13年8月)に、東高円寺にある「散歩かふぇ ちゃらぽこ」の夏休みイベントとして行われた、「歩く東海道講座・蒲原宿」に参加して抱いた疑問を自分なりに調べ考えたことを、Twitter でつぶやいたものです。



18日の日曜日に東海道蒲原宿を散歩会で散策したのですが、ここでおいらの好奇心に火がつきました(笑)
蒲原宿は元禄の大津波による大きな被害によってルートを付け替えられたのですが、それがどれくらい高いところを通るようになったの? ということです。

元禄の標高のデータはありませんから国土地理院の標高がわかるWeb地図 を使って、古い街並みが残る辺りと付け替えられた後のルートの標高を比べてみました。
津波前のルート JR御殿踏切辺り 6.4m
津波後のルート 御殿道との追分辺り 10.4m
そしてルートは山寄りに200mほど付け替えられていました。

実際に歩いてみると良く判るのですが、問屋場跡辺りより西は高台の上を通っていますが、それより東は坂を下って昔のルートと同じくらいの標高になっていたようです。
大津波の際にただ一つ残ったという木屋の蔵は新しいルートの脇にあって、資料館でお聞きした説明でも、安政の大地震で富士川西岸が隆起するまで度々水の被害にあったということでした。
海岸そばまで山が迫る蒲原で、最大限高いところを通るようにしたけれど、完全ではなかったということのようです。

ならば、なぜ宿場をもっと西に移動させなかったの?という疑問は残りますが、まぁ、いいっか(^^;)

こういうことを予習しておいて歩けると、もっと楽しめるのかもしれないとは思いました。

蒲原と同じようにルートが替わった吉原についても調べてみると面白そうです。
吉原の場合は、市街地になってしまっていることや、ルートが結構離れていること、地図を見てもあまり高低差がないようなので、どこまで実感できるかは疑問ですなぁ、どうしよう?(^^;
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by marunino_notenki | 2013-11-24 10:54 | 自由研究 | Comments(0)

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