尾張国 東海道の変遷

前回、東海道の七里の渡しルートについて記事にしたのですが、そうしたら佐屋街道はこのルート、明治国道はこのルート、干拓・埋め立てはこう行われたと、Twitter のフォロワーさんから貴重な資料が届きました。
時代と共に東海道のルートがどのように移り変わっていったか良い資料になるなとは思ったものの、データの改造は手間がかかりそうで涙目になっておりました。
それでもここまで資料を頂いてしまうと中途半端な感じが否めず、重~~~い腰をあげてやりましたとも(^^;

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まず、当初の東海道は宮から桑名まで渡しで渡っていました(航路の図は、江戸後期のもので代用しちゃってますm(__)m)

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1634年(寛永11年)将軍家光さんが上洛された際に開かれたのが佐屋街道(佐屋路)です。

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江戸後期の文政、天保年間のころになると、干拓が進んでいます(オレンジ色の部分)

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佐屋街道は幕末から明治にかけての交通量の増大に応えられなるとともに、佐屋川が土砂の堆積で川船の往来が難しくなったことから、1872年(明治5年)前ヶ須(弥冨市)を通る明治国道に置き換えられました。

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明治国道も現在の国道1号線に置き換えられ、さらに埋め立てがさらに進んだ海岸寄り(黄色い部分)に国号23号線も作られました。

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この現在の地図に私が先日乗った渡しの航跡を書き加えるとこうなります。

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お待たせしました(笑)
東海道が制定された時の七里の渡しから現在の国道まで、時代ごとのルートを全部乗せにしたのがこの地図ですっ!ヽ(^o^)丿

このあたりのことについては、私のフォロワーさんがブログ 街道迷走独案内 名古屋近辺の国道1号の歴史 (その1) でまとめられていますので、ご覧になってみてください(他力本願)

以下。業務連絡です(^^;
え~、これ以上のご要望にはお応えできないと思いますので、よろしくお願いしますよっと(~o~;

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Commented by ぼんた at 2014-11-15 20:57 x
おおおおお
すごいですありがとうございます。私のブログまで紹介して下さって恐縮です!
お礼にもっといろいろ探しておきますね(。・∀・)ノ
Commented by marunino_notenki at 2014-11-16 05:44
ぼんたさん
やっとこさ資料の山(嘆願書?)を処理しましたぁ。
もう1個チャラけたネタを思いついたので、それを書いたら冬眠したいです(^^;
Commented by くじら山こうじ at 2014-11-16 10:16 x
すぱらしい!大変によくわかる図面をありがとうございます!
Commented by marunino_notenki at 2014-11-17 07:25
くじら山こうじさん
お褒めいただき、ありがとうございます。
それぞれについて、個々に研究なさった方がいらっしゃる。
資料をまとめて提供してくださる方がいらっしゃる。

そして

資料をまとめてみた ← おいら

ですから、おいしいとこ取りしたような気がしなくもありません(^^;
by marunino_notenki | 2014-11-15 20:42 | 自由研究 | Comments(4)

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