青梅街道 失われた旧道

前回までの七里の渡しシリーズで、地図をこしらえるのが楽しくなりまして(笑)
以前より気になっていた所の地図があることが判ったのでネタにしました(^^;

青梅街道にはもう2度と歩くことはできないであろうルートがあります。
そう、奥多摩湖の底に沈んでしまった青梅街道です。
その部分の1894年~1915年にかけて作成された地形図です。
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1878年(明治11年)に大菩薩峠を越えていた青梅街道は柳沢峠を越える現在のルートに付け替えられました。
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1926年(大正15年)当時の東京市が水道事業百年の長計としてスタートし1938年(昭和13年)に起工、戦争中に中断したものの1957年(昭和32年)に完成した小河内ダムが、青梅街道の真上にドドーンと築かれました。
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青梅街道は奥多摩湖の北側湖畔に沿うように付け替えられ、現在の姿になりました。
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では、恒例?の全部乗せです。
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最近では八ッ場ダムの着工を前にJR吾妻線が付け替えられ日本一短いトンネルが水没するとニュースになっていましたが、完成当時世界一の規模の水道用ダムといわれ、現在でも国内最大級の水道用ダム小河内ダム(奥多摩湖)の底にはこのような歴史がひっそりと沈んでいるんですね。

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by marunino_notenki | 2014-11-22 16:18 | 自由研究 | Comments(0)

趣味の川歩き、街道歩きで感じたことをボチボチと


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