「ホントに歩く東海道」をもとに「しっかり歩く佐屋街道」 その3

風人社さんの「ホントに歩く東海道 別冊佐屋街道」をもとに佐屋街道を歩く企画の3回目です。

前回弥富まで歩いて、悪天候のため中止した三里の渡しルート歩き。
残りの距離は1日で十分に歩けるのですが名古屋日帰りはコストパフォーマンスが悪いよねと、「ホントに歩く~」で紹介された巡見街道と抱き合わせで歩くことにしたのです。

実際には、
1回目、佐屋街道 + 三里の渡し(佐屋~弥富)
2回目、巡見街道(佐屋~桑名)
3回目、三里の渡し(弥富~桑名)
の順番で歩いていますが、読みやすいように構成を変えていますm(__)mしかも、巡見街道は Twitter のフォロワーで街道仲間のぼんたさんに同行していただけることになりました、バンザイ。巡見街道は全国の検地を行う巡見使が使った道で、そのうちの佐屋から桑名までを歩くことになります。
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上の地図はカシミール3Dで作成した地図に、私が文字を書き込んだものです。
赤い線が、宮(熱田)から佐屋へ至る佐屋街道。
青い線が、佐屋から桑名までの三里の渡し。
そして緑の線が今回歩く巡見街道です。

佐屋の渡し場の少し手前にある巡見街道との追分には道標が立っていて、巡見街道は路地のような細い道です。
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県道458号に沿うように旧道が残り、五ノ三には明治天皇が京都から江戸で行かれる際に、水深が浅くなって遡ることができなくなってしまったために渡し舟から上陸されたという「明治天皇御着船場碑」があります。
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弥富まで南下すると、その先木曽川を渡り長島を経由して長良川、揖斐川を越えて桑名へ至るルートになりますが、これは佐屋川が使えなくなった明治の初めに制定された明治国道の東海道にも利用されたようで、尾張大橋西詰(長島側)と長島の町中に明治時代の東海道道標があります。
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この明治国道の成立ちについては、今回の巡見街道歩きにお付き合いいただいた ぼんたさん のブログに詳しいので参照してください(また他力本願モード) 名古屋近辺の国道1号の歴史 (その6)

一向一揆で多くの犠牲者を出してしまった長島城の枡形を抜けて、長良川、揖斐川を渡ると桑名はもうすぐです。
長島のかつて輪中だった木曽川と長良川の間の中州や、長良川、揖斐川は明治以降の河川改修でかなり地形が変わってしまっていますが、川沿いを進めばすぐ桑名の七里の渡し場に着きます。
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これで、宮~佐屋の佐屋街道、佐屋~桑名の三里の渡しルートと巡見街道ルートを踏破することができました。

本当に「ホントに歩く~」はウォーカーが実際に歩くことに特化したマップと沿線の情報がまとめられていて、充実した街道歩きを楽しめました。
趣味の対象でないところも網羅されているので、自分が調べたのではわからなかったポイントもあり、とても参考になりました。

また、今回の旅では
ボリュームたっぷりのモーニングや、飲み物のほかにお菓子屋や乳酸飲料が付いてくる名古屋の喫茶店文化や、どんどん数が減っている駅構内の踏切を体験するなどもできた内容の濃いものになりました。
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佐屋街道歩きの企画はこれでおしまいです。
歩けば歩くほど、行ってみたい道が増えます。すぐには行かれないけれど今回宿題になった街道を歩きにいきたいですね(^^;

追記
真面目そうに書いてるブログですがその歩いているときの実態を、ご一緒してくださったぼんたさんがまとめてくださいました。ギャップをお楽しみくださいませ(^^; まるにの・ぼんたの尾張巡見道歩き



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by marunino_notenki | 2016-05-02 07:34 | 自由研究 | Comments(0)

趣味の川歩き、街道歩きで感じたことをボチボチと


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