甲州街道と高遠道の追分

甲州街道を日本橋から下諏訪へ向けて歩くと、金沢宿を出てすぐ宮川を渡る金沢橋にここから金沢峠から御堂外垣を経て高遠へ至る高遠道との追分があります(地図の赤丸の辺り)
※ 地図はカシミール3Dで作成したものに加筆しました。
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高遠道は江戸時代は江戸と伊那を結ぶルートして、高遠藩や飯田藩が参勤交代に使うなどよく使われていましたが、金沢橋~金沢峠の区間はハイカーが歩くくらいに寂れてしまいました。

下図の赤い線が付け替えられる前の金沢橋を通る旧道のルートになります。
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さて、現在の金沢橋とその先は橋と道が付け替えられ、旧道がクランクのようになっています。また、かつての橋は両岸に基礎が残っていて往時を偲ぶことがことができます。なので、現在できるだけ忠実に甲州街道を歩こうとすると、このように現在の橋を渡った後ぐるっと回るようなルートになります。
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橋の手前側から撮った写真で、白い管が川を渡っている辺りが昔の橋があった位置になります。川岸に基礎の遺構があります。
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実は、この金沢橋を渡った北詰が高遠道との追分になっていて、橋が付け替えられる前はこのようになっていました(赤い線が甲州街道、黄色い線が高遠道です)
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追分から高遠道を望む写真です。
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今、旧道を歩くことにこだわる街道原理主義とか現道乖離主義と言われるウォーカーは、橋を渡った後残された旧道へ川に沿って約10mほど進むわけですが(緑色の線)、この道が単なるう回路ではなく実は知らず知らずのうちに歩いていたけれども高遠道だったというお話です(^^;
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by marunino_notenki | 2017-10-08 18:38 | 自由研究 | Comments(0)

趣味の川歩き、街道歩きで感じたことをボチボチと


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