忍坂(おっさか)街道を歩いてみました

街道歩き仲間と「街道シンポジウム」と称して奈良県の桜井から大宇陀(松山)へ至る忍坂街道を歩いてきました。
みんなで相談して忍坂街道が面白そうとなったのですが、調べてみると歴史は古いのですが資料が少ないことがわかりました。
でも検索して出てくるのは忍坂周辺のハイキングマップだったり、近畿自然歩道だったり。
ルートがわからないとあきらめるようなメンバーではなく、どちらかというと「じゃあ調べたる」と熱が上がってみんなで調べ出すのはいつものことです。
で、私は何をしたのかをまとめておきます(この記事も参考になるかもしれません - 宣伝w)

てっとり早いのは昔の地図を当たることです。
国立公文書館デジタルアーカイブから大和国絵図を用意。
今昔マップは桜井の東までしか地図が収録されていませんでした。
最近重宝している米スタンフォード大学のライブラリにも該当する地図が収録されていませんでした。

となれば頼みの綱は国土地理院の旧版地図、明治41年の地図2枚で全ルートを網羅できることが分かったので、早速謄本を取り寄せました。
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写真は取り寄せた旧版地図と、それを貼り合わせてルート全体を見られるようにコピーした物です。


明治地図に江戸時代の絵図からルートを通る地名を落とし、参考になりそうな川も色付けしました。
絵地図からルート上の地名を赤に、参考になりそうな川を青く塗りました。
それに検索して得られた情報を加味してルートを書き込んでみます(黄緑色のルートです)
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現在と違って道路が縦横に走っているわけでもないので、ほぼ間違いなかろうというルートは簡単に導き出すことができました。
検索して見つけた踏破記録も書き込んでみましたが(オレンジの線)絵図の地名からは大きく離れているのでこのルートではないようでした。

奈良県の道標マップやストリートビューなどでさらに詳細を詰め、実際の街道歩きで使えるようにGPSデータを起こしました。

粟原に、昭和初期の道標と、近畿自然歩道の道標で整合の取れないところがありました。実際に歩いてみると、ここは脇を川が流れている地形などから昭和の道標ルートの方が正しいように考えられましたが、特定できるだけの情報を得ることはできませんでした。

ここ以外にも実際に歩いてみて、
f0307787_12564587.jpg
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「あっ、ここは旧道が残っている」
という発見もあって、今回も楽しい街道歩きをすることができました(上の地図の青い点線部分。地図はカシミール3Dで作成したものに加筆しました)

最後にこの街道歩きに参加した他のメンバーの資料を載せておきますね。


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by marunino_notenki | 2017-12-06 13:58 | 自由研究 | Comments(0)

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